序章

安骨倭城(アンゴルウェソン)は日本軍によって築城された日本式の城で、脇坂安治、加藤嘉明、九鬼嘉隆などが構築、1年交代で守備した倭(日本)水軍の本拠地でした。

壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)を起こした倭(日本)は海戦で朝鮮水軍に敗戦を繰り返し大きな軍事的打撃を被り、本国からの補給が円滑に行かなくなると、朝鮮水軍を海上で抑え込み長期間駐屯すべく最後の基地として1593年に南海(ナメ)沿岸一帯の要塞に18の城を築城しました。

 トンマン山の地形を3等分し部分的に山頂部部分を削り整地した後、本城、第1外郭、第2外郭と分けそれぞれ石築し、外郭にそれぞれの部分を連結させました。また外郭の一部は土築城で造られた部分もあります。

城の南方と西方には湾があり海路として利用しやすいように海岸まで掘壕を造成、交通壕として利用したと推定されます。城の長さは594m、高さは4~7mほどで城内の全体の面積はおよそ16,529平方メートル(約5,000坪)程度です。

この石城は日本軍によって築城されはしましたが、城を築城するため労役を担ったのはこの地に住んでいた当時の朝鮮の民衆でありその流した涙と恨を看過することはできず、また壬辰倭乱と関連した韓日関係史の物的証拠として、そして日本との築城技術の比較研究の上においても価値のある史料となっています。



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慶尚南道 昌原市 鎮海区 安骨洞 山27番地 (安骨洞)

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